INVESTOR RELATIONS
司会:日本株を長く見ていらっしゃるマイケルさんは現在の当社をどのように見ておられますか?
トップ新体制になって以降、3つの点で大きくトランスフォーメーションしていると感じます。
1つ目はマスから個へ、という、識別化したお客さまのためにパーソナライズしてサービスするというコンセプトの変革。その対象は富裕層顧客だけでなく、顧客それぞれに向けたパーソナルなニーズへの対応も含め、デジタルも活用しながらマーケティングをしており、これが御社の改革のなかで最も重要と考えます。
2つ目はコスト管理強化や効率化、加えて人財マネジメント、働き方改革など人的リソースへのアプローチ。これは連邦経営のときのグループ企業間で最適な人財戦略を共有する改革。このおかげで、マスから個への効果を利益に結び付けることができ、キャッシュ・フローにつながり、再投資の余力ができたのでしょう。
3つ目は、改革により徐々に収益が改善し、企業価値そのものを上げる業績上方修正や株主還元策などが出てきたこと。それによって従来大きな課題であった資本効率、特にROEの改善傾向が明確になりました。コロナ禍後のリオープニングや円安の恩恵を含めたインバウンドの増加は確かに追い風でしたが、御社の変革が無ければこれらを十分に享受できなかっただろうと思います。
ありがとうございます。細谷体制となって、戦略が「長期」で明確化できたことが大きな転換点となっています。今当社の経営が意識していることは、マイケルさんが話されたように、百貨店を再生させた先に、その効果をグループに波及させ、さらにまち化につなげていき、その過程で個客業になっていくことです。その戦略に財務KPIをしっかりと紐づけて、それを一つずつ達成していきます。
また、百貨店の再生においては高感度上質な店舗をつくり、ご来店いただき、識別化してつながっていく一方で、収支構造改革を進めることです。構造を変えたことで売上に伴って経費が単純に増えることなく、また投資もしっかりと規律して最終利益がぶれなくなったことでキャッシュの見込みが立つようになり、株主還元を含めたキャッシュアロケーションをきちっと考えることができるようになりました。従業員に対しても、戦略を明確化したうえで経営システム、つまり管理会計、組織、部門評価の仕組みなどを戦略と連動・一致させたため、一人一人の行動変容にもつながりました。
そして忘れてはならないのが、全てのステークホルダーとの対話を大切にしていることです。お客さま、投資家さまだけでなく、従業員・お取組先・地域など、皆さまと対話することでとても共感を得られ、一緒に企業価値を上げていける手ごたえがあります。
司会:例えば利益につなげた改革の一つに収支構造改革がありますが、これについてマイケルさんはどのようにご覧になっていますか。
業績が厳しくなった会社は利益を出すために必要な経費も削ってしまい、さらに利益が減るという悪循環に陥ることが時としてあります。御社はインフレ等による光熱費などのコスト増加がみられるなか、メリハリをつけたコストコントロールで好循環につなげていると見ています。
この点において当社は、「百貨店の科学」と「顧客軸での収益管理」、という特徴的な取り組みがあります。「百貨店の科学」は、業務を数値化しKPIを置いて管理する手法で、売上対比で経費を厳しく見ながら人とMDを的確に投資して、費用対効果を効率よく上げる科学的なガイドラインです。
一方「個客軸での収益管理」は、お買上げに従って顧客へ適切にベネフィットを提供できているか検討する指標です。例えば従来のマス向けの宣伝など効果測定できなかった経費を思い切ってやめ、その分をお買上げ額に従った顧客へのサービスにつなげました。経費を使う目的をはっきりさせたことが結果につながったと思います。
「百貨店の科学」という表現にセンスを感じます。これまで百貨店に科学は無いと思われていましたが、それを御社が覆したと考えています。
これまでの当社は比較的「縦割り」の文化が強い会社でした。店同士がライバルであったり、百貨店とカード会社の方向性が違ったり。この縦割りをなくし、グループの企業価値向上にはどうしたらいいか?お客さま満足のためにはどうしたらいいかをあらためてこの4年間考えてきました。例えば首都圏店舗にしか無い商品の地域店への供給です。これまでは地域店の担当者が首都圏店舗を紹介することはほぼありませんでしたが、紹介した地域店へも手数料が入るなど利益配分の仕組みをつくることで、どうしたらお客さま満足につながる行動変容が起きるかを考え、グループ利益につなげています。
司会:では次期中期経営計画の話題に移っていきたいと思います。先日の決算発表において、2025年度からの新中期経営計画の概略を発表しました。
百貨店の再生は順調に進み、業績も営業利益が過去最高を更新し続けるなど好調。次はこの強くなった百貨店をベースにグループ企業が連邦としてよりお客さまに深く関わり、さらに進めてまち化、不動産開発を実施します。百貨店・金融・不動産といった「縦」としての事業軸を強めていきながら、一方でお客さまという「横」の軸で縦の事業を全部つなげていく。この縦と横の組み合わせを私たちは最も重視し、「個客業」を目指していきます。お客さまを中心としたビジネスが成り立つと個々の事業のボラティリティも下がり、横で見たときの「連邦利益」も増えてきます。
それぞれの事業がシナジーを持ち、外部環境に左右されず安定的に成長することは大変重要です。今後、為替や地政学リスクなどコントロールできない問題も起こり得ますが、そういう局面にも対応できるような強いビジネスモデルを構築する必要がありますね。例えば御社が持つ不動産の価値をさらに向上、最大化させることができるとすばらしいと思いますし、そういう意味では御社のトランスフォーメーションはまだ初期段階といえるのではないでしょうか。
おっしゃるとおり、トランスフォーメーションは長期で行っていきます。当社が持つ土地建物には、まだまだ価値を生み出せていないものが多くあります。新宿本店や日本橋本館を閉鎖して建て替えるようなことは考えていませんが、周りにある駐車場やオフィスビルなど非常に古いものもあり、用途変更も含めた資産の効率化を進めます。一方で長い歴史を持つ両のれんのブランディングが必要であり、個客業としては三越と伊勢丹の信用を担保にしたビジネスを時間をかけて築き上げていきたいと思います。
例えば不動産再開発で店舗周辺にホテルやマンションができ、その利用者が営業時間外に百貨店を利用できるというアイデアはとても面白い。それぞれのビジネスを育てるだけではなく、シナジーが見込まれ、かつこれが個客業だという共通理念をマーケットに示すことができるのはよいですね。
そのとおりで、当社のまち化は一般的な不動産賃貸収益を得ながら、まちの内装やシステムや物流などでも利益を得、さらに店舗周辺のホテルやレジデンスなどの利用者による百貨店利益を得る、という三層構造になっていることがポイントです。単なる不動産開発と比べて相当ボラティリティが低く、独自性としてものれんの価値を高めることにつながります。
司会:これも次期中期経営計画の重要なポイントである財務・還元政策について。当社は2030年度の中期目標でROE10%水準まで高め、株主還元もさらに強化する方向性を出しました。
日本の多くの企業が資本効率を大きく見直すなか、御社は積極的にさまざまな策をとっていることを評価しています。多くの企業は利益をどう高めるかを考えていますが、御社は利益だけでなく自己資本の部分でも色々な取り組みをしていますね。将来的にはROE10%も十分目指せるかと思います。数年前までどの百貨店でも達成は難しいと思われていましたが、ここは大きな進展です。しかし海外の百貨店では、たとえ業績が厳しいアメリカの百貨店でもROEは20%以上。バランスシートに対する考え方が根本的に違うため、今後どのようなバランスシートを目指すのか、どの程度なら財務上の安全性を確保できるのか等の洞察が重要になります。難しい問題ですが、御社がどこまでチャレンジできるかがポイントになるでしょう。
今のお話にあったようにマーケットに向き合うこと、特に株価と資本コストを意識した経営というのは上場企業の大命題だと思います。そのうえでCFOとしてやらなければいけないことは、戦略を数値化して社内PDCAを回したりグループ内で利益配分の仕組みを張りめぐらせて従業員が戦略に基づく行動変容を起こすしかけにすること。次に、上げた利益に対してキャッシュアロケーションをきっちり考えて成長投資と還元のバランスをとっていくこと。本日のように投資家さまやマーケットとしっかり対話をし、資本コストを低下させること、こうしたことを着実にやっていきます。過去、日本の百貨店が利益を見る場合は営業利益までで、当期利益やバランスシートまでの目配りが弱かったと思います。当期利益が安定しないから配当も上げられず、自社株買いも単発の実施にとどまっていました。それらに一本筋を通して、特にROE10%のBS・PLをどうつくり、それを中長期でどう維持するかを経営としてすごく考えるようになっていて、それが今の株価やPERにつながっていると思います。還元をはじめまだまだ現状に満足していません。
すばらしいですね。中でも持続性という部分が何より大事だと思います。
売上とコストの構造が安定したことによって、営業利益を中長期で安定して伸ばしていけます。今後、営業キャッシュ・フローは約1,000億円、それに対して通常投資が約300億 円 規 模であり、フリー・キャッシュ・フローとして相当余裕があります。これを使って還元を充実させていくのが次期中計のフェーズ1。次のフェーズ2の最後あたりから不動産開発投資が始まり、投資総額5,000億円としても15年程度の年次がかかるので、1年当たりでは投資規模300億円くらい。フリー・キャッシュ・フローの範囲である程度賄えますが、デッドエクイティバランスのことも考えて負債もうまく使っていきます。投資は約15年の中で時期を分散して進めるためBSをあまり傷めることなく長期戦略を実現でき、成長投資と還元のバランスもとっていけるでしょう。
司会:マーケットの反応ということでは、当社の株価は5月の決算発表以降急騰しました。今後株価について当社もしっかり意識すべきと考えています。マーケットの反応を含め、マイケルさんは今回の決算についてどう見ていますか。
同業他社も含めて外部環境が良かった点が挙げられるかと思います。重要なのは、外部環境が変わっても継続的な安定成長を見込めるのかという点です。この点を戦略の中で明確に表現し伝えることができると、マーケットにとってポジティブな材料となります。御社のビジネスモデルはユニークですので、マーケットとの対話を通じてもっと投資家に認識してもらう必要があります。
足元だけでなく将来のビジネスモデルをきちっとマーケットにも伝えることで、中長期での成長期待を高めます。そうした対話を継続しながら、いわゆる百貨店セクターを超えた、個客業としてのビジネスモデルの価値もお伝えしていきたいと思います。
司会:日本だけでなく、海外の投資家に向けても同じポイントになりますか?
小売にはさまざまなビジネスモデルがあってそれぞれ国や文化に根差していますから、文化の違いを含め世界に向けて説明するのは難しいケースが多いですね。例えば日本で有名な総合ディスカウントストアと似たようなものがアメリカにもありますが、ビジネスモデルを比較すれば似て非なるものといえます。なぜその国でそのモデルが奏功するのかを説明するのは難しいし、時間もかかるでしょう。
司会:投資家さまに注目していただくためのアピールも不可欠ですが、ここはどう発信すべきでしょうか?
いま日本株が世界で注目されていますし、国内でも新NISAの導入によって個人投資家が増えています。それぞれの投資家がワクワクする施策があるとよいと思います。時価総額を大きくすることは重要で、従来その意識が欠けていたが認識が変わったとアピールしてもいいのではないでしょうか。
時価総額やROEが一定の水準を超えてきて、投資家の皆さんのターゲットにやっと入れたのだなという印象は強くあります。
投資は長期戦であるという意識で経営に臨んでいただくことが期待されているかと思います。
司会:ありがとうございます。最後にまとめのメッセージをそれぞれいただきたいと思います。
総じてCFOの役割はCEOの戦略をKPIに落とし込み進捗管理をすることです。御社の変革はまだ初期段階にあります。今後は不動産開発や金融ビジネスの育成、資本効率改善、さまざまな課題に対してKPIを管理し、戦略の進捗をフォローしていただきたいと思います。バランスシート全体、ブランドエクイティ全てを反映したうえで利益をどこまで出せるかは、マネジメントの手腕によるものだと考えます。
私は小売アナリストとして世界の小売企業を研究・分析しています。アメリカの大手百貨店は何百店舗も展開していながら1店舗当たりの売上は小さいものですが、御社は首都圏の5店舗のみで総売上の60%以上を計上し、新宿店においては4,000億円以上という世界一の売上を誇ります。御社のユニークなビジネスモデルや店舗改革の力がどれほど奏功しているか、これをマーケットに認識してもらうことがとても重要だと考えます。
一方で、欧米百貨店は日本ほど業績が振るわないとしても、資本効率の目線はかなり高いですから、その点において御社にはまだ改善の余地があるでしょう。グループの進化が非常に面白い局面にあると思いますし、投資家、従業員、全てのステークホルダーにこの成長戦略をより理解していただきたいと強く願っています。
今日のお話を受け、これからCEOの戦略をきちっと定量化・数値化してトラッキングしていくこと。特にこれからは百貨店に加え金融・不動産などあたらしいビジネスモデルに変えていくので、利益や資本効率もしっかりとPDCAを回していきたいと思います。
不動産開発の進展にもよりますが、そこから生まれたキャッシュを次の成長投資や株主還元へどう振り分けていくか、きちっと意識してキャッシュアロケーションの最適化を進めます。
これらの戦略を投資家など外部へも積極的に伝え、従業員やお取組先などさまざまなステークホルダーと対話し戦略を理解してもらうとともに、マーケットをはじめとした皆さまの期待を常に把握して会社の事業活動につなげていきたいと思います。今後も当社の企業価値向上の取り組みにぜひご期待ください。本日はありがとうございました。