2022.06.27

「セリング」から「マーケティング」へ。 視点の転換が百貨店の新たな価値を創出する。

稲森学様、堀江藍様の写真

株式会社 アドインテ 取締役副社長兼COO 稲森 学さま

株式会社 三越伊勢丹 MD戦略統括部  MD計画部 堀江 藍

「日本流リテールメディア」実現に向けた熱い想い。

 

アドインテ社設立から事業拡大の経緯

稲森さま(以下、稲森):アドインテはもともと、会計事務所での勤務経験の折にIT業界に注目した十河が2009年に設立した会社で、デジタルマーケティング領域を中心に、広告配信サービス、成果報酬型SEO等の事業を展開していました。

 

実は私自身は創業メンバーではなく、社会人としてのスタートは通信会社の営業でしたが、オフラインのデータをオンラインマーケティングに活用することに強い関心を抱き、2度の起業やバイアウトを経て、2016年にアドインテと合併する形で経営参加しました。

 

Wi-FiセンサーとBLEセンサーを活用した、人の動きを捉えるためのIOT端末の開発に乗り出した当時は、ハードウェア開発ができるメンバーがハンダゴテ片手に基板の設計や構築に苦戦していたことや、新宿エリアで自分の手で持って自社端末から取得されるデータの多さに驚愕したことを鮮明に記憶しています。

 

取得できるデータは、個人情報ではないスマホ端末のIDとなりますが、デジタルの世界になかったオフラインデータの可能性や、これと流通企業の会員データや購買データを組み合わせることができたら、もの凄い価値があるデータになるとすぐにイメージできました。それが現在の、リテールメディア事業のスタート地点です。

稲森学様の写真

小売事業における取組み

稲森:営業を開始した2016年から2年ほど暗中模索が続きましたが、ドラッグストアチェーンやコンビニエンスチェーンなどの小売事業大手を皮切りに、家電量販店や三越伊勢丹とのお取引が進展し、特に貴社グループからの出資以後、加速度的に事業が拡大しました。

取組みとしては、ユーザー許諾を得たGPSデータなど店外の人の動き、来店後の行動データを収集し分析することからはじめ、次にリテール各社ごとのCDPを構築し、ID-POSデータとの突合により購買行動を捉え、自社アプリや外部メディアと連携して、ONEtoONEマーケティングを実施するこで効果的な広告配信を始めるという流れが非常に多くなっています。

 

最近では、自店舗への集客、回遊率の向上、再来店促進等の販促目的以外に、取得したデータを取引先メーカーの広告販促にも活用していただくと言う新たな展開も生まれてきています。それは、小売事業者の店舗というオフラインの空間や、アプリやECサイトなどのオンラインのユーザータッチポイントをメディア化したり、First Partyデータを活用しSNSなどの外部メディアに広告配信を実施することで、購入確率の高いユーザーにリーチしていただくことが可能になるので、小売事業者にとっては、物販以外に広告収益が得られるということに繋がりますし、取引先メーカーも効果的な施策と過去不可能だった効果検証が可能になります。

稲森:この小売事業者の例がまさに「リテールメディア」です。つまり実店舗の来店者情報をもとに、角度の高い広告を店舗側が用意するメディアに展開していくことで、お客さまにはよりおもてなし度の高い情報を提供し、メーカーにこれまでのオンライン広告よりも効率的なアプローチを可能とし、広告収入をもたらすことができるしくみです。

「リテールメディア」戦略で一定の成功を収めているウォルマートが、「2025年までに100億ドルを超える収益を目指す」と宣言している背景にはAmazonの台頭が大きいと思います。すでにAmazonの広告収益はEC20兆円の売上に対して、3兆円の広告収益を上げています。彼らの好調を尻目に打つ手がなかったリテーラーにとっては、このリテールメディア戦略は、もはや流行りではなく重要な経営戦略の一つと言っても過言ではないと思います。

 

こうした動きはNRF2022でも話題となり海外でこそ顕著ですが、Walmartのように国内の8割、9割の顧客を持っている企業はなく、日本のマーケットは特殊な市場と言えます。有力な数社による寡占状態の米国や中国と異なり、複数の企業で群雄割拠しています。日頃から競合同士の企業のデータを安易に連携することは難しいと思いますが、バラバラにあるデータをネットワーク化したり、データ活用におけるエコシステムを構築することができれば、それぞれのデータ価値をさらに向上させていくことができると思っています。

 

苦労することも沢山ありますが、それ以上に様々な可能性に期待を膨らませ、日本流の「リテールメディア」の構築を模索していきたいと思います。

稲森学様の写真

ご購入したお客さまだけでなくご来店して頂いたお客さまの行動にも注目したい。

お客さまの「行動分析」後の視点の変化と気付き

堀江:三越伊勢丹では、お客さまお一人おひとりに「高感度上質」な体験をしていただくための仕組みづくりを行なってきました。エムアイカード会員を中心に、最近では現金やクレジットカードをお使いのお客さまにもデジタルIDを持っていただくことで、お客さまの情報を把握し、それぞれに適切なサービスを提供する取組みも始めています。


一方で、そこで把握出来る情報は、お買い上げいただいた商品と場所と時間で、これを蓄積したデータを解析することには注力してきたものの、お買い上げいただくまでの「お客さまの行動の把握と分析」というところまではできていませんでした。そのような視点を持ち合わせていなかったと言うのが正直なところです。

堀江藍様の写真

堀江:アドインテ社との取組みは2017年からはじまり、伊勢丹新宿本店におよそ200台の「AIBeacon」を設置したことで、様々な気づきがありました。


「購買されたお客さまデータ」だけではなく「来店されたお客さまの行動データ」に拡げるべきではないかという気づきです。購買データのみでは気付くことのできなかった、お客さまの満足度向上につながる商品やサービスのために必要なものを探し出すヒントになると期待しています。

堀江:これまでの顧客戦略では、「セリングのデジタライゼーション」により、お客さまの購買動向は識別化できていましたが、アドインテ社との協業のもと、ご購入された方だけでなく、ご来店いただいたお客さまの店内行動の識別化に成功し、「来店行動のデジタライゼーション」を可能にしました。

 

過去に何を買ったから類推するのでなく、今何を買おうとされているのかということを「リアルな店内の顧客体験データ」をもとに推論し、効果的なご提案をデジタルで行います。「セリングからマーケティングへ」。この発想へ転換すべく、取組みを続けています。具体的には、動線や売場環境、接客の仕方の改善、さらにはご購入しやすいタッチポイントの提供にも繋がっていきます。そして次の局面が「店舗のメディア化」です。

「デジタルと人の共創」がより高次な成果を生み出す。

百貨店における「リテールメディア」の特性と課題

堀江:三越・伊勢丹ともに創業以来の歩みの中で「お客さま第一」を掲げてきました。新たに示された中長期計画におきましても「お客さまのお困りごとを感動的に解決し、関心ごとに対し革新的に提案する」ことができる、“特別な“百貨店を目指すことを命題に掲げており、旧来の百貨店ビジネスをDXするとしても見失ってはいけない点がこの「お客さま視点」です。


取組みのキーとなるのは、「顧客行動分析」とそれに基づいた「戦略的な広告配信」だと考えています。広告配信にしても、これまでは多くのお客さまに広告を配信し、来店したかどうかは購買データのみで判断していました。今は、キャンペーンに合ったお客さま像を行動データから導いた上で広告配信を行い、実際来店したかどうかまで丁寧に分析できるようになり、お客さまへの理解が深まったように感じています。

堀江藍様の写真

稲森:広告販促DXなど比較的DXが先行しているイメージがあるドラッグストアのように、絞り込みやすい商品群×来店者の組み合わせ特性と異なり、百貨店のMDは、「富裕層×高額宝飾品という組み合わせ」から「デイリーな雑貨や食品×通勤途中のショッピング」というように、アイテムも購買のスタイルも多岐に渡ります。そのため最適なプロモーションを行うには、まずはフロアごと、あるいは商品類型ごとにデータを蓄積し最適化していく必要があります。

堀江:百貨店MDが持つ特異性については十分に承知しており、相関性の高い領域ごとに部分最適化をどう図っていくか、現在進行中という局面にあります。オウンドメディアの再整備も含め、体制が整うまでにはもう少し時間が必要です。

稲森:スーパーマーケットやドラッグストアのように買い上げ率も違えば来店頻度も異なる業態ですので、ECサイトで購入することを前提に、実物を見るためだけに来店されるお客さまもいらっしゃるはずです。特に高額商品においてはその傾向が強いと思います。百貨店にショールームとしての機能が求められている可能性も考えると、メディア化の仕組みさえ構築できれば広告対価を得てもおかしくありません。

 

オンライン広告では買っても、買わなくても1クリックしただけで広告費がかかります。そう考えると、人の行動に対する対価の構造がオンラインとオフラインはアンバランスな状態にありますが、残念ながらリアル空間にはWEB広告のようにターゲティングしたり、計測する仕組みなどがまだまだ整っていません。

 

本来は、足を運んで商品をみたり選んだりする行動や、デジタルの世界では捉えきれない潜在的な欲求を捉えられるオフラインの空間は、もっと価値が高い可能性もあると思っています。

地域の店舗への展開とシナリオ

堀江:「AIBeacon」の配備は2018年2月までにほぼすべての百貨店店舗への設置が完了し、来店者の行動分析をスタートしましたが、伊勢丹新宿本店と地域店では特性が異なることがわかりました。また店舗ごとの営業姿勢にも特徴があり、何を統一し、何を個別的に取り組むべきかが見えてきたところでもあります。

 

稲森:統一性をもって各店舗へどう波及させるかという点については、やはり都心と地方では違う視点も必要だと思うので、統一すべき分析項目と、それ以外は個別にカスタマイズしていくことも重要だと考えています。今後は、ユーザー分析をした上で、広告販促の自動化や来店予測なども進めたいですし、さらには、CDPに蓄積したデータをもとに、フードロスや廃棄ロスなどにも活用して行ければと考えています。

稲森学様の写真

堀江:デジタル化は、品質を規格化することに貢献し、効率性も向上させると思います。以前先輩から、店頭に立ったならば「お客さまがどんな商品を見て、何に触れたか、何を体にあてたか、何を買ったか」をよく見なさいと諭されたことがあります。その行動から、お客さまのご購入の動機、背景を想像し、接客のあり方を考えなさいという教えだと理解していますが、このことは今まさに「AIBeacon」や「AdInteDMP」が代替してくださることと同じではないかと思います。

そう考えるとデジタルの力は素晴らしいという感動と同時に、結局「人の在り様」に回帰していく様にも思えます。ベンチマークすべきは、傑出した商いのセンスを有する「人」であって、だからこそ「デジタルが追いつけない!」と羨やまれるほど、「人」には一歩先に逃げてほしい、という思いにかられます。先行する海外事例も眺めつつ、三越伊勢丹としてのあるべき姿を探求していきたいと思います。

稲森:確かに「買う人、買わない人」だけじゃなく「売る人、売れる人」の解析も面白いですね。最近は、接客している音声をデータ化する事例なども出てきているので、ユーザーだけではなく、接客側のデータ化も必要かもしれませんね。

 

接客の仕方で、違うものを買ったり、買うつもりのなかったものまで買ってしまうということが何度もありました。

 

堀江:集客の次は接客、興味深いテーマですね!両社の取組みによって、“新しい百貨店”の可能性が高まっていけるよう進化していきたいと思います。