vol.5 洋行の準備に大わらわ

私は今、港に停泊中の客船の上にいる。これから初の洋行に旅立つのである。そして眼下の桟橋にいる妻・伊代、娘・丹子と息子・越太郎たちに、手を振って別れを惜しんでいるところだ。行き先はイギリス。帰国は四ヶ月も後のことである。一生懸命に手を振ってくれている子供たちの姿を見ていると、つい私も感傷的になってしまう。同時に、今回の洋行を必ず成功させようと誓うのであった…。話は半年前に遡る。編集者である夏目君が、重要な話があると我が家にやってきた。

「実は先生に、主人公が世界的なスケールで活躍する新しい推理小説の執筆をお願いしたいと考えております。それに先だって、取材としてイギリスへ旅立っていただけませんでしょうか?」まさに千載一遇の好機!この時ほど、作家という職業を選んで良かったと思ったことはない。踊り出したい喜びを抑え、私は平常心を装って返事をした。「よろしい、引き受けよう」以来、私は洋行の準備を進めてきた。夏目君の説明によると、イギリスまでの船旅は片道四十五日間もかかるらしい。到着したら、イギリスは真冬だ。しかし、その途中には赤道直下を航行するため、スーツから帽子、靴に至るまで夏物と冬物の両方が必要だという。旅行用の大きなトランクを新調しなくては。加えて、ほつれたボタンぐらい直せるように、裁縫道具も用意しておいた方が良いな。紳士たるもの、常に身ぎれいにしておくべきというのが、私の信念だから。

トランク 裁縫道具

洋行の目的は、現地の取材である。そのための道具類も忘れてはならない。メモ帳や万年筆などの筆記用具はもちろん、カメラもあった方がいいだろう。実は私は、写真の腕もなかなかのものなのである。そうそう、忘れてはならないのがスキットルである。勘違いしてもらっては困る。これはよい考えを思いつくために、なくてはならない必須の道具なのだから。そして本日、出航の日を迎えたのだ。この間に必要な生活道具や取材道具は、すべて忘れずに用意した。現地の取材先に手渡すお土産の日本人形も購入済みだ。こうみえて心配性の私は、すでに五度も再確認を行ったのだから、ひとつの忘れ物もないはずだ。汽笛がひときわ大きく鳴り響き、ついに船が桟橋を離れた。「あ、いつもの枕を置いてきてしまった  」私は、枕が変わると寝付けないのだった…

メモ帳 カメラ スキットル
航空機の発展により、今では気軽にヨーロッパへも観光旅行に出かけられますが、明治〜昭和初期には船舶しか方法がなく、片道でも1カ月以上かかっていました。「洋行」という言葉が生まれた時代に思いをはせ、次の休暇には旅行を楽しんでみませんか。
次回の物語も、乞うご期待ください。
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ワンランク上の身だしなみアイテム

三越はじめて物語 日本で初めて三越が行った取り組みをご紹介します。

飾窓(ショーウィンドー):「時好」明治37年辰3号より
明治36(1903)年10月1日、日本初のショーウィンドーが東京・日本橋本店に設置されました。当時の呉服屋は店自体が蔵となっており、店内に入らないと商品を見ることはできませんでした。しかしショーウィンドーが設けられたことで、そこに展示された商品を道行く人々も見られるようになりました。またそれに先立つ明治28(1895)年より、店員が仕舞い込まれている商品を取り出してお客さまにお見せする従来の座売りから、ガラスケース内に商品を陳列し、お客さまが自由に商品を見て選べるスタイルへと販売方法を変更しています。これにより、現在の百貨店の販売スタイルがまとまり始めました。
 
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